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高津区

二子神社

二子神社御祭神
 天照大御神

鎮座地
 川崎市高津区二子1-4-1

例大祭
 平成29年10月8日(日)

由緒沿革
 地元に残る言い伝えでは、戦国時代に小山田兵部という武将がこの地に定住し、天照大御神を祀ったのが起源とされています。
 江戸時代から渡船場として栄えた二子宿の鎮守として往来する旅人や、宿場の商人など数多くの人々に敬われてきました。
 境内には「誇り」と題された文学碑があります。これは、岡本太郎の母である歌人、かの子を偲んでデザインされたもの。かの子の実家大貫家は、二子の発展に尽くした旧家。碑はかの子が親しんだ二子の町と、多摩川を望むように佇んでいます。

御嶽神社

御嶽神社

御祭神
 日本武尊

鎮座地
 川崎市高津区坂戸2-20-1

例大祭
 平成29年10月8日(日)

由緒沿革
 高津区坂戸の御嶽神社について神奈川県神社誌では、荏原郡調布村御嶽神社より分霊したとしています。
 荏原郡調布むらの御嶽神社は現在の大田区北嶺町の御嶽神社で、木曽御嶽神社の分社です。ですが、御嶽神社の祭神の国常立命は、現在の坂戸の御嶽神社には祀られていません。
 明治初年に村内の八幡社と第六天社(現在の面足神社)を本殿に合祀しました。ところがその後、村で火災など凶事が多く発生し、それが合祀の祟りと噂されたことから、今は本殿の左右に分けて祀られています。


久地神社

久地神社

御祭神
 天照大御神

鎮座地
 川崎市高津区久地1-39-1

例大祭
 平成29年10月8日(日)

由緒沿革

 久地神社は江戸時代には赤城社と呼ばれ、毘沙門天がご神体として祀られていました。元禄時代に久地の農民38戸によって祀られたのが、起源と伝えられています。明治14年に村内の伊勢宮と富士浅間社を赤城社に合祀し、ご神体の毘沙門天を浄元寺に遷し、久地神社と名を改め伊勢宮の祭神、天照大御神を主祭神としました。
 裏の崖にある半円形の凹みは、7世紀頃に造られた横穴墓の跡で、古くから祭祀の場であった事を示しています。


久本神社

久本神社

御祭神
 天照大御神

鎮座地
 川崎市高津区久本1-16-13

例大祭
 平成29年10月8日(日)

由緒沿革
 新編武蔵風土記稿によれば、江戸時代の旧久本村には2つの杉山神社と神明社、八幡社がありました。現在の久本神社の裏山の山頂には神明社が、薬医門公園の裏手、馬坂の上には杉山神社上社が、龍台寺裏手には杉山神社下社が、現在のパークシティマンションの辺りに八幡社がありました。
 明治6年に全ての神社を神明社に合祀し、社殿を山頂から麓へ遷し、名を久本神社と改めました。合祀前の各社の創建年は不詳ですが、周囲に点在する遺跡との関連から、古来より永く鎮座していたと思われます。  



中原区

新城神社

新城神社御祭神
 天照大御神・五十猛命・菅原道真公

鎮座地
 川崎市中原区新城中町4-14

例大祭
 平成29年10月1日(日)

由緒沿革
 神奈川県神社誌には創建年代不詳ながら、元禄7年9月領主中川左平太重奥建立と記された棟札が残っています。江戸時代にはオシンメイサマと呼ばれた神明神社でしたが、明治になって村内の天満宮と杉山社を合祀し、社名を新城神社と改めました。
 新城神社の祭礼にはお囃子に合わせて酒樽や米俵を操る、力自慢の郷土芸能、囃子曲持(川崎市重要俗技芸に指定)が演じられます。新城周辺には、かつて領主だった旗本中川氏の一族や、家臣の子孫の方々が今も定住し、歴史の一端を現在に止めています。
 
ご朱印ご希望の方は、溝口神社社務所までお越しください。
社務所

information神社情報

溝口神社社務所

〒213-0001
神奈川県川崎市高津区溝口2-25-1
TEL.044-822-3776
FAX.044-822-8968

【参拝時間の御案内】
 ●通常開門・閉門時間
   開門 午前6時
   閉門 午後5時半
   ※例大祭は午後9時閉門
 ●1月1日〜3日(正月三が日)
   開門 午前6時
   ※元旦は午前0時より参拝可
   閉門 1日   午後9時
      2、3日 午後8時
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